妻が庭と家の中を行き来している間に、
猫の姿は見えなくなった。
妻はちょっと不満そうに、
背伸びをしたりしゃがんだりして、
しばらく猫の行方を捜していた。
一匹の茶トラ猫がやってきて、
いつの間にか姿を消した。
その日の夜、
私と妻はずっと猫のことを話していた。
どこの家の飼い猫だろうか。
オスだろうか、メスだろうか。
何という名前だろうか。
また、やって来るだろうか。
今度は、牛乳以外に何をあげたら、喜ぶだろうか。
二人きりの夕餉の食卓が、途端に華やいだ。
猫は翌日もやって来た。
庭から、ざっざっざっと何かを引きずるような音がする。
我が家の庭は公道には面していないので、
見知らぬ人が立ち入ることはない。
昨日の猫が庭の隅で落ち葉をかき集めていた。
どうやら、用を足した後らしい。
今日も、猫は一心不乱に後始末をしている。
「おおい、猫来てるよ」
私はさっそく妻を呼んだ。
「ウチの庭がトイレとしてお気に召したようだ」
「じゃあ、毎日来るのかしら」
妻はすでに牛乳を入れた小皿を持っていた。
妻が、にゃあんと声をかけると、
猫はもはや馴染みのような調子で、
にゃあんと鳴きながら近寄ってきた。
「あはは、また来たよって、言ってるみたいだな」
「ホント。愛想のいい猫ちゃんね」
猫は昨日と同様に身軽な様子で縁台に飛び乗ると、
妻が差し出した小皿の牛乳を飲み始めた。
「どこから来たの?」
「お家はあるの?」
「家族はいるの?」
「名前はなんて言うんだい?」
妻が猫の背を撫ぜながら、
いくつも問いかけていたが、
猫は何も答えず、牛乳に夢中になっていた。
私は猫の後ろからシッポを持ち上げてみた。
股間には特に目立つものはなかった。
猫を飼ったことがないので、
正確にはわからないが、
どうやら、この猫はメスのようだ。
「オスがよかったのになあ?」
妻はもう飼い主になったかのように言った。
牛乳を飲み終えた猫は、
しばらく縁台の上で身づくろいをしていたが、
近くにあった野菜の苗を入れる
プラスチックのカゴの匂いをかぎ始めた。
やがて、その中にそろりそろりと足を踏み入れ、
ゴソゴソゴソと居住まいを正したかと思ったら、
頭を落として、目をつむってしまった。
眠ってしまったのだ。
私たちはその寝姿をこちらからあちらから観察して楽しんでから、
そのままそっと寝かせておいた。
日が暮れて、縁台を見ると、
カゴの中から猫の姿は消えていた。
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